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どこまでも続く海辺の田舎道。カブとゆっくり走ってみれば、昔と変わらない風景が広がっていた。日々、さまざまなものが変わり続けるこの世界のなかで、日本海にひょこっと飛び出した小さな半島には、懐かしい思い出のままの風景が残されていた
写真=武田大祐:タンデムスタイル創刊から本誌を撮影。正統派ツーリング企画からタンスタ特有の変わり種企画で 歴代編集長のあられもない姿を撮影し続けてきたカメラマン
ライダー・文=福本優香:バイクに乗っていることが楽しくてしょうがないバイク女子。とくにヤマハのSRがお気に入りで、初のマイバイクもSRを購入したほど。空手歴10年の黒帯で、得意技は上段回し蹴りだとか。そんなわけで、好みのタイプは北斗の拳のケンシロウだそうです
今回のツーリングスポットはこちら
- 富田屋
- 元伊勢・籠(この)神社
- 智恩寺
- 天橋立傘松公園
- 伊根湾の舟屋群
- 民宿・汐の香
- 向井酒造
- 伊根の舟屋雅
- 国道178号
- 経ヶ岬灯台
- 浦嶋神社
- 間人の立岩
- 琴引浜
※本記事は2019年10月24日発行タンデムスタイルの企画をベースにしています
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小さくても魅力満載の丹後半島へ
遠い記憶の思い出の地が、今も変わらずにあること。それは、どれだけ幸せなことなのだろう…。こんにちは、福本優香です。はっきり覚えていないのですが、数年前のある日、私は父が走らせるバイクのリヤシートに乗り、きれいな海を眺めていました。確かそこは、京都の北部にある半島だったような…。インターネットで調べてみると“天橋立”に“琴引浜”“舟屋”などの文字。やはり、ここでした。
離れて暮らす父にメールで連絡をしてみると“懐かしいな〜”とすぐに返事が来ました。もう50代にもなる父からの返信の速さにも驚きましたが、添付されてきた写真の量にもビックリ。なかには“こんなのも消さずに残してたんだ!”と思うような写真も数点あり、私の後ろ姿だけのものや、ピンボケした写真が…。なんだか顔がほころびました。ということで、今回の舞台は、日本海にひょっこり飛び出す小さな半島“丹後半島”を旅します。あのときは父の後ろに乗せられたままだったけど、今回は自分の手でバイクを走らせ駆けめぐります!
丹後半島の旅の旅の相棒は、ホンダ・スーパーカブ C125。見た目は、カブならではの懐かしい素朴なレトロ感を継承しつつ、丸みがあり上品な色使いで大人可愛い雰囲気も持った印象ですが、なんとスマートキー搭載の最新型。さっそくこの新しいカブに乗り、海沿いを駆け抜けたい気分。だけど、今日はこのまま、人生で一度は行ってみたかった宿屋さんに向かいます。
京都府宮津市、宮津駅前にドンと構える昔ながらの純和風建築。“富田屋”と書いて“トンダヤ”と読むこのお店は、昭和初期から続く老舗大衆食堂。2階が宿で、1階は行列ができるほど人気ぶり。屋根には、ネオンの光がイイ感じに昭和の雰囲気を出しており、建造物フェチの私は心を一層かき立てられていました。のれん横には大きなタヌキの置物と献立表。きつねうどん・カレーライス・ラーメンなどが、どれも400円以下とお値段までも昭和! ちなみに宿泊料金も、2食付きで1人1泊5,000円と破格の安さ。ありがたいです! 駐輪場にカブを停め2階に荷物を置き、1階の食堂へ。楽しみ〜!
ガラガラと扉を開けると、店内はすでにお客さんでいっぱい。大盛況!私も席へつくとテーブルがパンパンになるほど料理が運ばれてきました。どれもおいしく、食べ終わったころには、お腹もパンパンになっていました。少しお酒もいただき、ホロ酔いでルンルンの私はそのまま2階にあがり、用意されていたお布団にゴロン。私はこういう適度なだらしなさが、長生きの秘訣だと思っています。フフフ。もちろん宿の中にも、日本の古きよき情趣を味わえる空間が広がります。
現代の便利な生活と比べると、不便さを感じるところもありました。しかし、令和となった今でこそ、愛すべき日本の貴重な宿ではないでしょうか。翌朝、富田屋の向かいにあるサイホンという純喫茶へまねかれました。こちらも趣のある店構えですてきです。店内にはきれいなステンドグラスや、目をひきつける置き物もたくさんあり、優雅な朝のひとときをすごすことに。朝食が向かいの喫茶店のモーニングをいただくというのも新鮮でした。
富田屋

まるで日本映画に登場しそうな昔ながらの大衆食堂“富田屋”さん。安くてうまい! お客さんが絶えない人気のお店。一見、ミスマッチとも思えるネオンの看板が魅力的! なんと、今夜はここにお泊りです
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眺めてもよし! 走ってなおいい天空橋!!
「さぁ、カブちゃん。お待たせ!行こっか!」と、カブにまたがり出発。今回は、海に沿って丹後半島を反時計回りにグルリと走ります。まずは宮津駅前から、天橋立まで。初めてカブに乗る私にとっては、まずギヤチェンジの練習タイム。ガッチャン…、ガッチャン…。“天橋立”というのは日本三景のひとつ。宮津湾と阿蘇海を隔てるように、細長い松並木が貫かれた風景。これが、今までどれだけの人の心を魅了してきたことでしょうか。私は、龍が天に昇っていく姿に見えることで有名な“龍観”という景色を見たことがなかったので、行ってみることに。最初はとまどったカブのギヤチェンジもすぐに慣れ、気が付けばニコニコで天橋立駅に到着。観光客で人が多いけど、以前来たときとは何も変わっていません。
入り組んだ細い道を行くと赤い大きな橋の手前で一旦停止。あれ? このまま進んで行くと天橋立の中も、走れるんじゃない? 標識を確認すると“125㏄以下は走行可”とのこと。初めて知りました。喜びとともに、そのまま天橋立の松並木へ入ろうとしたのですが、どうにも無視できないご立派なお寺に、私たちはジッと見つめられていたのです。そこは、三人そろえば文殊の知恵でおなじみの智恩寺というお寺。「お邪魔します」と本堂へ。参拝をし、御朱印をいただき、賢くなれるといい伝えがある知恵の輪をくぐってみました。これで私にも豊かな知恵がついたはず。おおっ、ありがたや〜。さて、あらためて天橋立のふところへ。いざ3㎞ほど続く松並木! だいたい8,000本ほどの松の木が生い茂っているそう。そんな松を数えて走るヒマもなく、ガタガタの道が続いきます。しっかりハンドルをにぎり前を向きます。スポットライトのようにまっすぐ射し込む木漏れ陽。いやしとともに両耳に入ってくる波の音。たまに聴こえるきれいな鳥の鳴き声。天橋立の中は人も少なく、とても静かな空間でした。
松並木を抜けると、その先にあった傘松公園へ向かうことに。リフトで山の上の公園へ。さてさて、みんないたるところで“股のぞき”をしています。本当に天に昇る龍、見えるのかな? 私も展望台に立ち、さっそく股からのぞいてみました。な・な・な・な・んと! 私はふと、展望台の売店のおじさんに「股のぞきって誰が始めたんですか?」とたずねてみると「それが不明でね。136年前に着物を着た女性が、股のぞきしてる写真があって、それが一番古いんよ。せやから股のぞきは明治時代には始まってたわけやね〜」と教えてくださいました。お礼を伝え振り返りもう一度景色を眺めてみました。この景色を最初に股のぞきで見た人というのは、きっと、ユーモアあふれる楽しい人だった気がします。もし、その御本人が、こんなにも愛され受け継がれているなんて知れば、驚いた顔をするでしょうね。
夢中になって楽しんでいると、すぎゆく時間がとんでもなく早い。それはまるで、浦島太郎の暮らしのよう…。傘松公園にて“昇龍観”をバッチリ眺めた後、海沿いを北上し、伊根湾の“舟屋群”へ向かいます。「行くよ!」とカブのスロットルを開け、走り出しました。右手の景色はずっと青い海! 海! 海! トコトコトコと、のんびりとしたツーリング。さわやかな風が心地がいい。
元伊勢・籠(この)神社

丹後の一宮でもあった元伊勢・籠神社と眞名井(まない)神社の御朱印をいただきました。神主さんが手書きで書いてくださった御朱印は、やはり味があり、ありがたいものです
智恩寺

3回くぐると頭がよくなるといわれている“智恩寺”の知恵の輪灯籠。足元に踏み台はなく、自力で…。いや、知恵を使ってくぐるしかありません。さぁあなたは潜 れるかな?

ヨヨヨ! くじ箱のなかで小指に絡みついてきたクジ。扇子型で開くと、なんと大吉!? アッパレ! アッパレ〜!!
天橋立傘松公園

必殺・股のぞき!で、眺める天橋 立。一体誰が何を思って始めたか は不明なのですが、きっと思いついた人はユーモアあふれる人だったに違いない。ちなみに136年前に着物を着た女性がやってる写真が一番古いものだそうです

天橋立は遠くから見れば一本の砂洲ですが、懐に入ってみれば、天然の松並木が続きます。カブという名車とともに日本三景のひとつを走り抜けたことは、忘れられない思い出!
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古き趣が残る伊根と歴史ある舟屋の風情
“舟屋”というのは漁業中心の生活をしている伊根地区の伝統的な建物のことで、伊根湾を囲うように舟屋が連なっています。内装は1階が船のガレージ、2階が住居もしくは物置。今でも現役で使われているものもあれば、宿に改装され宿泊できる舟屋もあるそうです。海沿いを走ってきた私たちは、伊根地区へ到着。私はカブを停め、昭和の雰囲気がただよう町を散策することに。
そこで、喜ばずにはいられない光景を目の当たりにしました。「あ! そこにも、あそこにも!!」と、至るところに歴代カブの姿があったのです。しかも、どれもかなり使い込まれ年季が入ったモノばかり。昨年、生誕60周年を迎え、生産台数も累計1億台を突破したスーパーカブ。小さな町の中でこんなにもたくさんのカブと出会えたのは、バイクが生活圏に溶け込み、かけがえのない家族のような存在として、カブが長く愛されてきたからなのだと思いました。
そして私は、今晩お世話になる舟屋の持ち主のおばちゃんのところに挨拶へ向かいました。「こんにちは、よろしくお願いします」。一緒に舟屋のなかへ入り、「舟屋の使い勝手わかりますか? ココが鍵でね、ココが電気ね。昔はこの1階に船を停めていてね。今はテーブルとイス置いてますから、好なように使ってください」。「はい! ちなみにこの辺って、何か買い物できるところありますか?」「すぐそこの“向井酒造”っていう女性杜氏のお酒屋さん、有名ですよ。17時でお店閉まるから、行くなら早めの方がいですよ」と、教えてくれました。
「あとね、舟屋がめずらしいからって、いろんなところからパシャパシャ写真撮る人が多いんやけどね、みんな、ここで普通に生活してるもんやから、写真撮るときはちょっと配慮してね。あと漁師さんは朝が早いから、夜も静かにしてもらえたら助かります」とのこと。町をよく見ると、風景にまったく似合わない“進入禁止!”と書かれた看板がところどころに。観光客が増え、その地の歴史や暮らしが世に知られることはいいことかもしれないけれど、同時にこういった注意喚起のハデな看板が増えていく現実は、やはり悲しいものがあります。私も無意識に人を不快な思いにさせていないか、あらためて自分自身の行動を見直さなきゃなと考えさせられました。
少ししんみりした気持ちを切り替え、向井酒造さんへ行ってみることに。ザ・酒蔵!といった感じの店構え。「お邪魔します」と中へ入ると、テレビ番組でもよく紹介されているそうで、有名芸能人のサインがたくさんありました。 数多くある種類の中で気になった3種類を試飲させてもらい、私が選んだのは“京の春”というお酒。地元の方に一番人気の日本酒だそうです。フフフ。購入した京の春を大事に持ち、舟屋へ戻りました。ここからは至福の晩酌タイムです。2階の窓辺に座り外に目を向ければ、まっ暗で静かな伊根湾の景色が広がります。舟屋群の、控えめな明かりが照らす夜の海。空を見上げると無数の星がキラキラと散り、すてきな星空を創り上げていました。昔ながらの舟屋に泊まり、潮の香りに包まれながら地酒を味わうこのひととき。「あぁ幸せ…」。ニタニタしながら盃を傾け、やがて私は深い深い眠りについたのでした。
翌朝。漁師さんたちの活動開始とともにウミネコが大騒ぎ! お陰ですっかり目が覚めました。窓のすぐ下の海では、射し込んだ朝日が伊根湾の底まで透かし、私の目の前を小さな魚たちが楽しそうに泳いでいるのがわかりました。なんとも朝から幸せな気分! さっそく宿を出る用意をして「おはよ〜」とカブの元へ。カブも陽に照らされ気持ちよさそう。「お世話になりました!とオーナーさんに挨拶。私のバイク姿を見るなり「うちの旦那も、よく大阪までバイクで仕入れに行ってたのよね。懐かしいわぁ〜。気を付けてね〜」。私は舟屋群の端まで走ってみることにしました。何気に「カブちゃん。舟屋群の町並みはどうだい?」と聞くと、カブは「海はきれいだし、昔ながらの町並みはボクのフォルムにピッタリだね。最高だよ」と答えるのでした。
伊根湾の舟屋群

右も左も、伊根湾の端っこまで約5㎞にわたりずっと舟屋が立ち並んでいます。ここでしか見られない舟屋群の景色をカブと堪能です
民宿・汐の香

お世話になった舟屋の民宿“汐の香”の朝。1階には朝日が射し込み、ちょっと先には透き通るほどのきれいな海。ここに住むと、毎朝この景色が見られるんだなぁ…。なんてここでの生活を想像すると、思わず顔がニタリ…

汐の香の女将さんと。普段は近くの藤倉商店を営んでいるそう。伊根町のことをたくさん教えてくれました。昔はご主人がバイクで大阪まで仕入れに行っていたそうで
向井酒造

1754年創業の“向井酒造”。店内では気になるお酒を試飲することができ、お気に入りの一本を選ぶことができます。試飲するライダーは舟屋にお泊り必至ですね
伊根の舟屋雅

みたらし団子の看板につられるがまま“伊根の舟屋雅”の店内に入れば、舟屋の一階が客席になっていました。心をもいやす日本の甘味。あぁ最高!


木造家屋が立ち並ぶ伊根の町並み とカブは相性抜群。肩の力を抜いてトコトコと気軽に散策するには、これ以上のバイクはないかも
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日本海の青色は思い出の色
ふふふん♪と鼻歌を歌いながら、鮮やかなブルーの海に沿ってカブを走らせます。カブののんびりトコトコ具合が私のフィーリングと絶妙にマッチしているのか、走っているだけでも本当に楽しくてあきません。すると前方に“浦嶋神社”の看板を発見。丹後半島は、浦島太郎のゆかりの地なんだそうです。交差点を曲がると、ものすごい重厚な雰囲気を放つ神社がありました。鳥居の前には、浦島太郎と乙姫が見つめ合っているオブジェ。「へぇ、ここが浦島太郎の…」と境内を隅から隅まで探索しましたが、亀も玉手箱も落ちてはいませんでした。残念。神社の隣にある宝物館では、お話に出てくる本物の玉手箱などが見学できるそう。
さて、再びカブにまたがり出発! 大海を背に、グングンと走る私とカブ。途中すれ違うライダーさんと手を振り合いながら、丹後半島と近畿地方の最北端“経ヶ岬灯台”へ。灯台の駐車場へ着いたものの、ここから灯台へ向かうには、20分ほど山を歩かなければ行けません。これが、けっこうキツかった! しかし、ヘトヘトになって歩いた先には、断崖絶壁にたたずむ経ヶ岬灯台の姿が。青い海のなかにポツンと存在する丸みのあるまっ白な灯台は、なんともかわいらしい印象。そこからは終わりがない海の景色が一望でき、地球の限りない広さと人の小ささを感じさせられます。
あれれ? 灯台のてっぺんにある風見鶏、指してる東西南北、全部逆? 横で電気系の工事をしていた関西のおじさんに「なんで反対向いてるんですかー?」とたずねてみました。すると「ほんまやなぁ! みんな知ってたか?」というと、建物のなかからおじさんたちがワラワラと出てきて、みんなでその風見鶏を眺める時間が始まりました。「ほんまやなぁ。俺も知らんかったわ」「ワシもや」「俺も」と、結局全員気が付いてなかったようす。「ハハハ! 次来るときまでに直しといてな」「はいよ!」なんていいながら、経ヶ岬灯台を去ることにしました。「ふふふ。楽しかった!」そのときの私は、なぜかお父さんの顔を思い出していたのでした。
さぁ、カブの元へ。経ヶ岬灯台からさらに海沿いを走っていくと“間人の立岩”の看板が。げんじん? まじん? なんて読むのかな? 正解は“たいざ”でした! 間人の立岩ってどんな岩なんだろうか。気になったので行ってみます。細い川沿いを抜けた先、それは突然現れました。わわわ、すごい。おーっきな岩やなぁ! 近くで見ると縦に無数の亀裂が入り、絶妙なバランスでたもたれていているのがわかります。立岩が発する空気や自然の豊かさには度肝を抜かれました。
丹後半島では、浦島太郎伝説のほかにも“徐福伝説”や“鬼は神様”との言い伝えがあり、一部地域では節分を行なわない文化があるんだとか。さらに、この半島には大きな前方後円墳があることから、大きな力を持った丹後国が栄えていたという説があるそうです。丹後半島は地図で見るととても小さな半島ですが、海への絶妙な飛び出し具合が、海外との貿易や独特の文化を育むことになったのかもしれません。
それにしてもこの道は、よく父のバイクでタンデムし、後ろに座り走っていた記憶があります。風に揺られながら流れゆく景色を、ボーッと眺めているだけでも私にとっては十分楽しくて幸せな時間だったのですが、ひっそりと心の奥底では、いつかは自分の手でカッコいいバイク走らせ、気の向くまま、思いのままにどこか遠くへ出かけてみたい、という熱い思いを秘めていました。そして月日が経ち、自分の手でカブのハンドルをにぎり、思い出の地をめぐっていることが夢のように思えます。やはり景色も違って見えました。あのときよりも鮮やかに美しくキラキラして見えている、この景色を忘れないように心に刻みながら、カブと走っていったのでした。
国道178号


絶景続きの“国道178号”。このどこまでも広がる大海原の風景、走り去るのがもったいないです
経ヶ岬灯台

海と山の境目にポツンとたたずむ“ 経ヶ岬灯台”。閃光レンズ部分がめちゃめちゃ近い。そして、ここが丹後半島最北端にして近畿最北端。ニッポンの端っこをまたひとつ制覇しました


丹後半島沖は豊かな漁場なので、海の幸も存分に味わえます。人気は海鮮丼ですが、干物も名産。焼き魚好きの私にはたまりません
浦嶋神社

創建825年の浦嶋神社。宇良(うら)神社とも呼ばれ、浦島太郎伝説の真相を知る神主さんがいるそうです

前に来たときもここでバイクを停め、お父さんと海を眺めたなぁ…。あのときと何も変わっていない海の景色がありました
間人の立岩

間人の立岩。昔、1匹の鬼が見せしめのためにこの立岩に閉じ込められた伝説があるそうで、今でも激しい波風のときには鬼が泣いている声が聞こえてくる…。それはともかく。すごいダイナミックな光景です
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琴引浜の鳴砂の調べは 地球のささやき
海沿いに“琴引浜”と書かれた看板を発見。細い路地を進んでいくと、目の前にきれいな色をした海がどんどんと広がって行きます。琴引浜は“鳴き砂”で砂の上を歩くとキュッキュッと音がするのです。なぜ歩くと不思議な音がするのかというと、ここの砂浜は表面がツルツルした細かい砂粒のみが密集していて、足踏みなどの強い衝撃が加わると、砂同士の摩擦により、キュッキュッと鳴るのだそうです。要は“砂の摩擦音”ということです。しかし、この摩擦音は非常に繊細なもので、少しでも砂が汚れていると、摩擦が生じず、まったく鳴かなくなってしまう、大変貴重な現象なのです。
駐車場にカブを停め砂浜へ。そそくさと裸足になり、砂浜を走り出す私。「海だ〜!」と、きれいな海に大はしゃぎ。琴引浜の砂は、とてもサラサラでベタつかず裸足で歩くのがめちゃくちゃ気持ちがいい。服にかかっても、はたけばすぐ取れるので、気が付けば何も気にせずに転げまわり走り回り、全身で砂浜を楽しみました。砂浜ってこんなに楽しかったっけ? 浜にはなんと露天風呂がありました。更衣室も壁も何にもないところにポツンと。手を入れてみると、ちょっと熱めの温度。みんな海で体が冷えたら、ここへ来て温まるのかな? ちなみに、ここは必然的に混浴です。わお。
近くに、この浜を管理している管理所がありました。そこには琴引浜のことや歴史が紹介され、その中に数枚、きれいな白い砂浜がまっ黒になってしまっている写真がありました。「え、なにこれ?」とつぶやくと、琴引浜を管理しているおじさんが来ていろいろと教えてくれました。「その写真は、1997年にロシアのタンカーが日本海で沈没した事故があってな、そのときに琴引浜にも大量の重油が流れ着いてしまったときのや」。「そんなことあったんですね…。重油はどうしたんですか?」と聞くと「これは、町の人や全国から来てくれたボランティア1万5,000人くらいの手によって、全部手作業でふるいにかけて取り除いたんや。端から端まで1.8㎞くらいあるので、半年くらいかかったな。そのとき、みんなが浜をきれいにしてる姿を見て“琴引浜は僕ら地元民だけのもんではなく、全国の人たちからおあずかりしてるもんなんや”と思いましたわ。でもだからといって、ずっときれいな状態がたもたれるわけではなく、いまだにたくさんのゴミが流れ着いてくるんよね。パッケージみたら大体が中国・韓国ですわ」と話してくれました。「そのゴミは誰が拾っているんですか?」。「一夏に4回、地域の人に呼びかけると、大体一軒に1人は来てくれます。ほんまありがたいですわ」。へぇ、すごい。「それだけみんな琴引浜を大事に思っているんですね。おっちゃんもここで育ったんですか?」「そうや。昔は学校終わって、毎日海に潜りに来てた。今みたいにいろいろルールがなかった時代やからね、流木を集めて燃やして焚火したりしてね。サツマイモやらジャガイモも焼いて食べてたよ。最後は浜の露天風呂に入ってな、そりゃ楽しかったな」。
おじさんに別れを告げた後、私は再び浜を眺めました。こんなにもきれいな砂浜、もともとは自然が作り上げた産物なのに、今では人が手入れしなきゃたもてないなんて、なんだかさみしく思います…。しかしそれでも、この地域の人々の胸中には、楽しかった思い出が薄れることなく残っていて、その思いを原動力にこの浜を大切にしていきたいという強い意志を感じました。私は、いろいろ話してくれたおじさんの姿と琴引浜の姿に、素人身分で恐縮ですが、ここで一句、思いつきました。
『琴引浜 幼き心と 蜜月に その絆は 永遠のものなり』
私にとって丹後半島は父とタンデムツーリングをした大切な思い出の地。今もきれいな姿で残されていることは、当たり前でも偶然でもなく、人々の努力によるものでした。今回の旅は、そんな人々への感謝の気持ちでいっぱいになる旅でした。私はカブの元へ戻り、「地球、大切にしなきゃね。行こっか」と、琴引浜を後にしたのでした。
琴引浜

乾いた砂が、いつまでも足踏みに合わせて『キュッキュッキュッ』と鳴いてくれます。これは大切にしなきゃいけない自然からの贈り物。いつまでもこのままでいてくれますように

独特のおわんの形をした湾と海底が、琴引浜の砂をつねにローテンションさせることで、キレイな状態をたもっているそうです。砂を触ってみると驚くほどサラサラで、やさしくキュキュと音を立てるのです

鮮やかな緑に、どこまでも続く 広大な海。すべてがこの地球の一部。この小さな半島で私は、地球を走らせてもらっていると実感したのでした
※本記事は2019年10月24日発行タンデムスタイルの企画をベースにしています
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