【長野県】遠山郷〜下栗の里周辺スポット9選|夏の終わり、天空の里に導かれ

  1. 絶景ツーリング
  2. 40 view

大きく深くまっすぐな谷に作られた一本の道。 何も知らずに成り行きまかせで乗り込んでみれば、驚くような風景ややさしい人たちとの出会いが待っていた。すべて未定のバイク旅、はたして行き着く先は何処へやら…?

写真=武田大祐:タンデムスタイル創刊から本誌を撮影。正統派ツーリング企画からタンスタ特有の変わり種企画で 歴代編集長のあられもない姿を撮影し続けてきたカメラマン

ライダー・文=福本優香:バイクに乗っていることが楽しくてしょうがないバイク女子。とくにヤマハのSRがお気に入りで、初のマイバイクもSRを購入したほど。空手歴10年の黒帯で、得意技は上段回し蹴りだとか。そんなわけで、好みのタイプは北斗の拳のケンシロウだそうです

今回のツーリングスポットはこちら

  • 国道152号線(杖突峠)
  • 日本最古の道祖神さま
  • こかげ
  • ゼロ磁場(分坑峠)
  • 遠山郷
  • 焼肉屋・平家の里
  • 下栗の里
  • はんぱ亭
  • 兵越峠

※本記事は2019年9月24日発行タンデムスタイルの企画をベースにしています

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大自然を貫く一本の道を辿る旅が始まる

誰もが心に宿す、懐かしの“地元”月日が経ち、いつしかそれは、人々の駆け込み寺となっていた。帰れる場所がある限り、今日も私は前を向く。こんにちは、福本優香です。ある日のニッポン旅バイクの作戦会議。地図を見ながら、私は長野県南部の山間部にある大きな谷と道が気になって仕方がなかった。なんで、この道はこんなにもまっすぐ貫かれているんだろう? まるで、山がゴソゴソと左右に移動して、道が開いたみたい…。思わず「ここ不思議に思いません?」と編集の方にたずねてみる。「ここは国道152号が走っているところだな。でも、山が険しすぎて分断してるんだよね」「分断?」「途中にはチロルもあるから、ここもおもしろいかもな」「チロル?」分断していてチロルがある…? 挙句には「ゼロ磁場にも行ってみたら?」「ぜろじば?」。この人、何言ってるんだろう。バイクも旅も初心者の私にはまだまだ知らないことばかり…。しかし困ったことに、わからないと行ってみたくなるのが世のつね。私のつね。ということで、今回はどこかナゾめいた、国道152号の旅となりました。世界から見れば日本はすごく小さな国だとしても、ひとたびバイクで走るとなれば、広大な陸地に深い緑が生い茂っている。そんな緑の中で、人々はどんな暮らしをしているのか。さぁ大冒険が始まる。いつものごとく、ワクワクが止まらない!

私とともに走り出したバイクは、ヤマハ・セロー250。セロー250は、私の周りでも乗ってる人がたくさんいて、みんな「楽しくってやめられない!」と声を上げる車両。そんなこと言われたら気になるじゃん! いつか乗ってみたいと思ってたの!! しかし、私にとって人生初オフロードバイクなのです。乗らずとも、シート高が高く見えるし、またがってみると、ギリギリ足がつくといった感じ。ポジションもネイキッドと全然違って、ピンッと背筋を伸ばして、イスに座ってるような…。ちゃんと乗って走れるか、すごく不安を感じていました。でもひとたび走り出せば、そんな不安はどこへやら。思いのまま走れて、停止中もなんとか足がつく。何よりこ
の軽快さがたまらない!

さて、まずは諏訪ICから国道152線に向かう途中に、日本最古の道祖神さまが祀られていると聞いたので、ご挨拶をしていくことにしました。この地で500年も旅人を見守るという道祖神さまは、しれっと通りすぎてしまいそうな細いジャリ道の先にある、大きな木の下に並んでました。「道祖神さま。初めまして、福本優香です。私は旅を通して、どんどんこの国の魅力に取りつかれています。今回のニッポン旅バイクも、事故なくケガなく病気なく最後まで楽しめますように、暖かく見守っていてください! よろしくお願いいたします」と、手を合わせ祈願。シーン…。伝わってるかな? 神さまの方からも、うんとかすんとか、返事をしてくれたら、わかりやすくていいのになぁ。「きちんと伝わっていますよーに」とさらに手を合わせました。

ささ、旅の神さまへのご挨拶を終え、再びセロー250にまたがり出発。長野県茅野市の安国寺西交差点を右折した途端、本格的に峠道の国道152線が始まりました。おお、なんとなくセローちゃんが活き活きし始めた気がする。穏やかにね、ドウドウ。と元気なカモシカをなだめながら、慎重に走りました。クネクネの峠道を抜けると、今度はスコーン! と開かれた一直線の道が目の前に。ここが杖突峠だ。両脇には、黄色いお花がズラーッと咲いていて、ここを通る人たちに向かって、大歓喜の声を上げているよう。こんなに歓迎されちゃうと気分も勝手に上がる。ありがとう、みんな! 黄色い歓声に包まれて、私たちは見えない空気を突っ切って行く。バイクで走っていると、偶然出会えた美しい景色も一瞬ですぎ去ってしまう。バイクに乗るとすべてが一期一会で尊いものに感じられる。だからこそ、私はどんな景色でも大切にしながら走っていきたいのです。

国道152線を南下して行くと、右手に“こかげ、こっち”の看板が。なんだか懐かしい看板にひかれ立ち寄ると、たくさんの牛さんがお出迎え。なかには仔牛たちの姿も。牧場の先の建物がこかげでした。「お邪魔します」と網戸をガラガラと開けると「いらっしゃいませ。よくお出でくださいました」と深々と頭を下げるお婆さんの姿が。なんて上品な方なんだろう。さっそく、野沢菜と筍のおやきを一つずつ注文。「おやきというのはね、北陸地方でお米が取れなかった時代に小麦を練って作った皮に、お漬物などのさまざまな具を入れて焼いたり蒸したりし、空腹を満たしていたんだよ。ここではお米が収穫できたので、米粉を使用しておやきを作ったの」とお婆さまが教えてくださいました。

へぇ、知らなかった。では、いただきます。米粉の皮がしっとりとモチモチした食感。素朴な味の生地なので、具がそれぞれ際立ち、本当においしい。しかも大きくて、食べ応え抜群! とてもやさしい味だなぁと感動していると、常連らしきおじさまから「お姉さんバイクなの?」と声をかけられ「はい! このまま国道152号線をまっすっすぐ南下します!」と答えると「えぇ、あの道は酷い道っちゅう意味の酷道だから、気を付けるんだぞ!」と目を丸くして言われてしまいました。「えへへ。行ってきます!」と元気に返したその直後、遠くの方から雷が鳴り始め、雲行きがどんどん怪しくなった。ひやっ。大丈夫かな…。「セローちゃん。多分これから雨降るよ…。雷怖いけど、がんばろうね」とお話しし、ヘルメットを装着、さぁ行こう!

国道152線(杖突峠)

薄暗い山道を走っていると、杖突峠に突然現れた黄色い道。キラキラとした可愛いお花の声が聞こえそう。ヘルメットの中で、自然と私の顔はほころんでいた

日本最古の道祖神さま

大きな木の下で控えめにたたずむ日本最古の道祖神さま。この辰野町で500年も前から旅人を見守っているとか。見守ってばかりで、うずうずしてこないのかな? 何はともあれ旅の安全を祈願しました

こかげ

吸い込まれるように立ち寄った“こかげ”というお店。地元の農家のお母さんたちの、真心のこもったおいしいおやき。ホントに胃袋をわしづかみにされちゃいました

国道152線。南アルプスから激しい音を立て豪快に流れてくる川の水。その大自然の勇ましい光景に、たたずむ私はちっぽけか否か…

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時が止まったような山峡の集落“遠山郷”へ

峠を抜けると国道152線沿いには村があり、ダムがあり、景色はどんどん移りゆくのですが、ある橋を渡ったとき、流れる川の水のあまりの美しさに停まらずにはいられませんでした。気が付けば、空はすっかり雨から晴れ模様。私は雨具を脱ぎ川へ向かいました。上流から絶え間なく流れる水は、勢いを増してさらに下っていきます。川の音は凄まじく、一瞬たりとも途切れることはありません。

セローに乗り10分ほど峠を走ると、なにやらにぎわいを見せるところがありました。そこには“分杭峠・ゼロ磁場”と書かれた看板が。これが例のゼロ磁場…。私はまったく知らなかったのですが、そこに行くと何かしらの“気”が感じられ、頭がスッキリしたり気持ちが前向きになったりするとか。なるほど。何ごとも百聞は一見にしかず…。ということで、歩いてゼロ磁場へ。山道を少し歩くと、奥の方に人が集まって、イスに座り無言でどこかを見つめていました。気を感じとっているか。気を強く感じとれる人は手にしびれが起きることもあるそうですが、残念ながら私は何も感じない体質でした。

トボトボとセローの元へ戻り、先へ向かいます。峠から20分弱走り、大鹿村の“歌舞伎の里”という道の駅に到着。昔、ある旅役者がここで歌舞伎を披露したことで広まり、今では欠かせない文化になったそう。そこでなんと、地蔵峠が通行止めという情報が…。地蔵峠は、地盤がかなり緩く、日本の技術でもトンネルを作れなかった山。蛇洞林道という道で迂回できたものの、土砂くずれにより、そこも通行止め…。想定外でした。どうしようかと困っていると、4人組のおじさまたちが「戻って県道22号号線から回ればいいよ」と教えてくれて、迂回の迂回をすることになりました。「では!」と、手を振り私は県道22号線に向かうことに。一瞬街にでて、三遠南信自動車道の長い矢筈トンネルを抜けたら無事に国道152線が通っている“遠山郷”という町に出た。日も暮れてきたので、今夜はこの町の“島畑”という宿に泊まることにしました。翌朝、日が昇り「セローちゃんおはよ! 夜中雨が降っていたそうね。今日もよろしくね」と声をかけ、ともに軽快に外の世界に旅立ちました。

ゼロ磁場(分坑峠)

やって来ました“ゼロ磁場”です。えっと磁石のN極とN極を近づけると反発しますよね。反発して磁場がない空間。それが、ゼロ磁場なんだそうです。ということで奥では多くの方がゼロ磁場体験中です

ジャジャーン! ザックリ説明するとここが日本海側(オレンジ色)と太平洋側(青色)がぶつかった中央構造線の断面です。なんと双方で色が違うのです! 表面を塗ってるだけでは? と緊急調査を開始。真実のほどはいかに…。気になる人は、ぜひどーぞ!

ゼロ磁場に行くと、コンパスが使えなくなるらしい…。iPhoneのコンパス機能でチェック。お!? 北はあっち…!? 最新テクノロジーには関係なさそ

遠山郷

国道152線ができる前は、秋葉街道の宿場として栄えた“遠山郷”に到着。山々に囲まれた静かな町は神々が舞い降りる不思議の谷の町、ともいわれているそうです

焼肉屋・平家の里

“焼肉屋・平家の里”でクマのお肉を初体験。とても緊張…。どんな味なのかしら?

島畑

大量のスズメバチや鹿の角を漬けたお酒の数々。願わなくとも“島畑”のご主人は、ところ狭しと並べていくのです。さらに登場したのがビン詰めされた生きたマムシたち。活きがよくてよろし! マムシ酒を作るそうです

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今もぬくもりが残る木造校舎の教室

軽快に外の世界に旅立ちました。学校の木造校舎、見学無料〞の看板が。なんだろう? 気になったら行ってみるのが、私のつね。そこには、ライダー歓迎と書かれていて、なんだかニヤリ。後で聞くと、年に一度、ライダーが集結し愛車を眺めながら、優雅にコーヒーをたしなむイベントをしているそうです。私も参加してみたいなぁ! 

セローを停め、誰もいない校舎の中へ。お邪魔します。ここは、昭和7年から平成12年までの68年間、使われていた小学校。最後の年は3人の生徒さんが通っていたそうです。閉校してからも校舎はほぼ当時のまま残され、各教室は町の文化を伝える大切な資料室として使用されています。なんと校長先生は猫になり、普段はこ学校を守っているそうですが、残念ながら今日は不在でした。

教室へ足を運ぶと、そこには小さい木の机に、小さいランドセル。あれ? こんなにも小さかったかな…。ランドセルなんてヘルメットより小さい。黒板には“松下先生ありがとう”の文字。松下先生は、どんな先生だったのだろう。机の上には学級日誌が置かれていた。めくってみると、時間割りや、授業の感想、一言コメントなどを毎日子どもたちがビッシリと空欄を埋め、先生が赤ペンでお返事を書いている。日誌の最後の方には「卒業式まであと10日。風邪が流行っているので、気を付けよう」「卒業式まであと9日。悔いのないように」。などと、卒業までのカウントダウンが。先生も子どもたちも互いを思い合い、お別れまでの残りの時間を大切にしていました。

きっとこの教室は、みんなのかけがえのない場所だったんだろうなぁ。当時の空気も閉じ込めたかのように、子どもたちの姿が目に浮かんできます。ここが、取り壊されなくて本当によかった。私の母校でなくても、校舎に入るだけで人肌を感じられ、心底安心できる心地よさがありました。次に訪れたときには、猫校長に会えますように!

旧木沢小学校

とても立派な木造校舎の旧木沢小学校。昭和7年からジッとここからさまざまな景色を見てきた学び舎。令和の景色はいかがですか?

旧木沢小学校にて。私も日誌、よく書いたものです。パラパラとめくってみると“よしゆき君、カレーの食べすぎて体調不良で欠席。お大事に。”ですって。ふふ…

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ここは地を耕し天に登る下栗の里

旧木沢小学校を後にして、次に向かうはいよいよ、日本のチロルと呼ばれる“下栗の里”です。 どんなところなんだろう? 私のイメージは完全にチロルチョコが先行。下栗の里は、山の上にある里で、国道152号から外れて、細い山道を登っていきます。この先、標高約1000m、傾斜38度の山の斜面に、ポツリと集落があるそうです。ほんとかな…?

私は石がたくさん転がる険しい山道を、どんどん駆け上っていきます。トコトコトコと20分ほど走ると、確かにチラホラと民家が出てきました。もうかなり、標高の高いところにいて、視界の先には南アルプスの山なみが見事に望めました。さらに集落に近付いていくと、クルッとカーブ。わぁ、こうゆうカーブはほんと苦手だ。セローちゃん、慎重に行こうね。ゆっくりゆっくりカーブを曲がりきり、一安心。かと思ったら20mほど走ると、すぐにカーブ。またか! 傾斜38度の下栗の里では、このような急カーブで集落を登っていくのでした。

里の一番上まで登ると、はんぱ亭という、地元で採れた食材をおいしく理してくれるお店があります。入り口横のベンチで日向ぼっこをしていた地元のお爺さまに「こんにちは」とご挨拶。お爺さまはセローに興味を持ってくださり「バイクすごいねぇ!」と話に花が咲きます。バイクは老若男女問わず、ごく自然に会話が始まるから楽しい。私は「なぜここに集落ができたのですか?」と疑問を投げかけてみました。「ここは太陽の出てる時間が長くて、急勾配のおかげで雨が降っても水はけがよく、おいしい野菜が採れるし、すごく人気があったんだよ」。「へぇ。じゃあ、どうしてここ住み続けてるのですか? 不便感じたりしません?」と聞いてみる。「だって、ここで生まれたんだもん」。あっ…。私は、アハハハと笑うお爺さまに、強く胸を打たれました。同時に、無神経な質問をしてしまった自分をかなり恥ずかしく感じました。

他人さまが大切にしている本を「そんな古くて汚い本、どうしていつまでも持ってるのさ? 重そうだし、買い替えなよ」と自分勝手に気安く言い放ってしまった気がしたのです。この古い本は自叙伝。誰もが心に持っている不器用な文でつづられた自分史。人は生まれる場所を自分で決められない。でも、自分史はそこから始まる。その土地が一体どんな場所だろうとも、そこで産まれた赤ん坊にとっては、すべてが初めて触れる世界。五感で感じ、いろいろ学び始める。そうして、唯一無二の本がつくられていく。お爺さまには、きっとよそ者には計り知れないほど、地元に思入れがあるんだなと感じました。

私は地元の方々の協力で作られた、下栗の里を俯瞰できる展望台へ向かうことに。普通に一本の山道を歩いているけど、この傾斜に道を作るのだって、大変な作業だったに違いない。山奥にある展望台は、手すりも設置されていて、安心して下栗の美しい景観を眺めることができました。時間と労力をかけ、さらにはご自宅までもを“景色”とし、傾斜38度の山肌
に描かれたこの見事な傑作…。これを生み出したのは、間違いなく地元の方々の心の強さとやさしさなんだ、と思うのです。

下栗の里

ここが“下栗の里”。標高約1,000m、傾斜38度の集落。なぜこんな急勾配なところに集落を作ったのか、地元で生まれ育ったお爺さまが話してくれました

はんぱ亭

“はんぱ亭”で名物のもりそばといも田楽を注文。おいもは下栗イモで小さいのが特徴で、えごま味噌やくるみ味噌をつけていただきます

展望台から見ると穏やかな下栗の風景も、バイクで走るとなれば急な斜面の急カーブが続く。慎重に慎重に…。住民の方は、ここを毎日とおってるんですね

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静かなる峠に、どこか故郷の姿を思い描い

展望台から下りてきた私ははんぱ亭で、もりソバとイモ田楽をいただきました。地元産の食材を使った料理は新鮮で、素朴ながらも大変おいしいものでした。そういえば、昨夜泊まった宿で、お手伝いしていたライダーは、この南信州の遠山が好きすぎて愛知県から移住を決めた方でした。「この町のどこがお気に入りですか?」と聞いてみたら「とにかくみんなやさしい。それと、霜月祭りが迫力満点でおもしろいんですよ」と教えてくれました。

霜月祭りとは、12月の寒い時期に全国の神々を集め、熱湯でおもてなしをし、生命力の復活を願う儀式。盛大で熱気に包まれ、パワーみなぎるお祭りだそうです。そのほかにも「このあたりはバイクで走るのが本当に気持ちがよくてね。チロルは行きましたか? 最高ですよ」とも言っていましたが、その言葉どおり、ここは本当にいい場所で、一人のライダーがほれ込んでしまうほど、人が温かく自然が豊かで美しい町なんだと感じることができました。

食事を終えた私は、セローにまたがりサイドスタンドをはらうと、下栗の里を背に山を下りて、再び国道152線へ合流。静岡方面へと南下を開始。酷道とよばれる道を進んでいくと、あまりにも突然国道152線が終わりました。看板には“この先、国道152号は通行できません”の文字。 ここが分断された場所か…。日本の技術をもってしても、崩落の激しさから道を作ることができなかった場所。通行止めの先にも国道152線は続いているようですが、もはや誰も利用することなく、建設途中で放置された道になっていました。ずっとこのままなのかなと、思うと目の前の光景は、とてもさびしいものがありました。

さて、ここからは迂回路を使って南下します。トコトコと兵越林道を抜けていくと“兵越峠”と書かれた素朴な木の看板がありました。ここは名前のとおり、戦国時代に武田軍の兵が越えた峠だから、ヒョーコシ峠なのだとか。周囲に人工物はトイレだけで、あとは深い樹木に囲まれた峠です。「セローちゃん、あっち見て」。立ち並ぶ木の間から、暖かい太陽の光が私たちに向かって差し込んできました。「もう間もなく夕暮れやね。2日間、楽しかった?」。シーン…。答えるわけないよね。いつか、バイクと会話ができるといいなぁ。

セローを眺めながら、私は今回の旅を思い返していました。地図で見たあのまっすぐな谷と道。実際に走ってみるとそこは、紙の上からだと想像もつかない光景の連続。そして何より、下栗の里。初めて訪れたはずなのに、過去に触れたことのある場所のような気がしました。そういえば私、今年はお正月以来、帰郷していなく、家族にも友人にも会っていない。地元はいつ帰ってもいつもどおり私を迎え入れてくれるから、感謝するのを後回しにしちゃってた。今一度、自分史を1ページめから読み返してみようかな…。今まで通りすぎてきたいくつもの町も、きっと誰かにはかけがえのない唯一無二の場所。そんなことを胸にしまいセローともども「おじゃましました!」そう言い残し、私達は峠をあとにして、再び走り始めたのでした。

遠山郷から兵越峠に向かうR152はどんどん細くクネクネに。でもセローはグングンと進んでいく。やはりセローには酷道は楽しい道なのかも

国道152線の終わり。地盤が緩く、ここから先へは進めなかったため、ここで道が途絶える。こんなことって本当にあるんだ…

国道152線はここで完全に通行止め。建設途中で放棄されたままの道は、どことなく悲しい姿です

あれ? バイクで渡れる吊り橋じゃないですか! 見つけてしまうと、渡らなきゃ気がすまなくなってしまいました。川の真上をバイクで颯爽と越えることは、やっぱり気持ちがいい! 最高!!

兵越峠

やっとたどり着いた“兵越峠”。あわただしく駆けめぐった国道152線の旅。今日最後の日差しを浴びながら、セローと思い出話にふけりました

※本記事は2019年9月24日発行タンデムスタイルの企画をベースにしています

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motologs

全国のツーリング情報誌「Motorcyclist」と提携し、同誌から厳選した情報を公開しています。「Motorcyclist」は、日本各地の美しいツーリングスポット、地元のグルメ、絶景ポイント、隠れた名所などを紹介している雑誌です。この中から特におすすめの情報を選抜し、ライダーの皆様に最新かつ有益なコンテンツをお届けしています。

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